「…」

 時刻は早朝の5時45分。
 壁に掛けてある時計がカッチカッチと時を刻んでいる。それにしても、起きるにはまだちょっと早い時間だ。
 そんな時間に目が覚めてしまった山南。隣では土方が健やかそうに寝ていた。

「…」

 鼻でも摘まんでやろうか…。

 そう思うが、実行には移さずにベッドを抜け出そうとした時、何やらお尻に違和感を感じた。

「ぅん?」

 何かがパジャマの中で動いている。モゾモゾと、生きているかの如く。

「…?」

 恐る恐る自分のお尻へと手を伸ばす。

 ムギュ。

「ひゃぁ!?」

 すっとんきょうな声を上げてしまった。
 “何かに何かが”掴まれた。自分の伸ばしていた手は何も掴んでいない。

「何してんだ?山南」

 聞き慣れた声が後ろからした。

「ひ、ひじかた…さん?」

 顔だけ後ろを向いた。そこには、右手を伸ばして何やら掴んでいる土方の姿があった。

 ムギュー。

「ひゃわぁ!?!」

 ビクリと肩をならし、土方が掴んでいた何かをパッと放した。直ぐにその何かは土方の手から逃げ、山南の視界に入らない所へといってしまった。

「……」

 暫しの静寂。
 山南は先程の失態で、土方の顔が見れない。ので、今土方がどんな顔をしているのかが解らない。
 その土方はと言うと、何やら疑っているような納得しているようなんとも微妙な顔をしていた。

「山南さん…」

「…」

 恥ずかしさから何も発声ないでいる山南。土方はそんな山南にお構い無しに続ける。

「山南さん。一回鏡見てこい」

「はぃ?」




 朝から調子が狂う事ばかりだ。

 山南は、洗面所へと向かっていた。
 土方がいいから鏡を見てこい!!と半ば追い出される形で部屋から出てきた。渋々と山南は鏡がある洗面所へと向かった。
 行く途中、キッチンへと行き、ヤカンに水を淹れて火を点けた。
 二人は毎朝決まって珈琲を飲む。その為の湯沸かしだ。ヤカンに火を点け、洗面所へと再び向かう。

 一体何が“ついて”いると言うんだ…。

 土方は、山南に鏡に行け!!と一緒に“ついてるついてる!!”と言っていた。
 山南には、その“ついている”の意味が解らない。
 ガチャリとドアのぶを回して中へ入り、鏡へ向かって自分の体を向けた瞬間。

 山南は今日が人生の終わりだと思った。




「―――っ!!!」

 声にならない叫びと、ドタンと倒れる音がしたのは、土方が山南を部屋から追い出してから数分後だった。

「山南!!!」

 土方がベッドから飛び降り、急いで山南が向かったであろう洗面所へと向かう。

 その間僅か5秒。

 洗面所へと急いで駆け付けた土方が見たのは、黒い猫耳を生やし、尻尾がヒクヒクと痙攣して倒れている“突発性獣耳生”に発生した山南 敬助だった。




『総理、突発性獣耳生の感染者数はここ数日で倍増していますが、これからの対策については何かあるんですか?』

『今の所の対策としては、発生した方は速やかに最寄りの病院へ行き、受診して下さい。その後の対策は各病院で行います』

『発生してから3年。何も打開策がなされていませんが〜』

 無造作につけたテレビは、早朝から突発性獣耳生に関しての事だ。
 初めて発生した年は、インフルエンザ並に流行したが、2年目はひっそりと息を潜め、3年目の今年は、また大流行となった。
 この病気に効く薬は今のところ無い。国も最初の頃は半信半疑で研究をしていただけだ。重い腰を上げたのは2年目。
 耳だけだったのが一部の人には尻尾まで生えてくると言う報告を聞き、このウィルスは“進化する”という事がわかり、これ以上の獣化を防ぐ為に国もやっと動きだしたのだ。

「…」

 ぼけぇ〜とテレビを見ながら珈琲をすすっていた。

「可愛いもんだな…」

 そう言いながら、先程から山南の頭を撫でていた。撫でる手に連動して尻尾も左右に揺れる。

「…」

 そんなご機嫌な尻尾を複雑な思いで見る土方。
 時刻は6時05分を廻ったところ。
 出勤の時間にはまだ遠い。




「…」

 朝目覚めてみると、何やら頭の天辺が痛い。
 何故痛いのか?寝惚けた頭で考える。

「……」

 別にベットから落ちた分けでもなく、頭を何かにぶつけた分けでもない。
 ベットから半径30センチには何も置いていないからだ。

 はて、何で痛いのか?

 頭の中に渦巻くこの疑問の謎が解けない。
 ズキリ! 痛いと訴えていたのが一際大きく訴えた。
 瞬間的に痛いか所を抑えようとした時

 フニ

「っひゃぁ!?」

 何とも言えない感覚が体に走った。それと同時に、変は声を上げてしまった自分を恥じて、顔はみるみる赤くなった。

「な、なんだって…」

 あんな声をあげたのか?

 寝惚けていた頭も先程の出来事で目が覚め、何がどうなっているのかを理解しようとフル稼働だ。
 周りを見ても天井を見ても下を見ても何もない。しいて言うなら、先程から頭の天辺が痛いくらい。

「痛い…」

 痛いから、触ろうとしていきなり変な声をあげてしまった。

 頭に何かあるのか?

 ベットサイドの引き出しに入れてある手鏡を出した。

「…」

 恐る恐る鏡を覗いて見ると…

「っな!?!!!?」

 鏡越しから見た頭の天辺からは、白いものが2本伸びていた。
 その白いものは、ふわふわと触り心地が良さそうだ。手鏡をどうにか落とさずに一旦ベットへと置いた。

「はぁ…はぁ」

 何もしてないのに心臓がバックバックと波打っている。その心臓をどうにか落ち着かせ、もう一度鏡を覗く。

「…」

 どう見ても白いものが2本、頭から生えている。しかも、どう見ても“ウサ耳”だ。

 何だか無性に寂しくなってきた…。


『ウサギは寂しがり屋だから一人でいると死んじゃうんだよ』


 強ち嘘でもない?

 自分が突発性獣耳生に発生したのはどうにか冷静に受け止めた伊東 甲子太郎は、携帯を取りだし、斎藤へと一報をいれるために携帯を耳にあてた。
 壁掛け時計が6時半をさしていた。




『6時半をお伝えします。…今朝4時過ぎに…』

 ニュースキャスターが味もそっけもない顔をしながらニュースを伝えていた。
 土方は、それを眠たそうな眼で見ながら右手は山南の髪の毛をいじってる。

「…ひ…たさん」

「お、起きたか?」

 コクリ。

 頷く姿がまた可愛い。
 そんな事を頭の片隅で思いながら、今の現状を山南を見て思い出す。

「…。まずは、珈琲でも飲むか?」

 コクリ。

 寝起きの山南は、聞き分けの良い?子供だ。
 山南を置いてキッチンへと行き、山南愛用のカップを出して豆から惹いた珈琲をカップへと灌ぐ。
 それを持って、ソファーでフラフラと頭を揺らしている山南の元へと戻る。

「ほぃ」

 カップを山南へと渡し、隣へと腰を下ろす。

「ふぅ…ふぅ……熱っ!!」

「大丈夫か?」

「らいじょうふです」

 ふぅふぅと熱い珈琲を冷ます。
 これぞ猫舌。

「なぁ山南」

 熱い珈琲と格闘しながらチビチビと飲んでいた山南。
 前なら普通に飲めたのが、突発性獣耳生にかかってから猫舌になってしまった。

「何ですか?」

「突発性獣耳生。聞いた事あるよな?」

「…えぇ」

「あんた…それにかかったんじゃないのか?」

「…」

 今まで猫耳が生えているのを無視したような話しになっていたが、土方が切り出した。

「今日は病院に行くぞ」

「……はい」




 その頃、ウサ耳が生えた伊東家では…

「今日は病院に行きましょ」

「…ぅん」


『ウサギは寂しがり屋だと死んでしまう』


 そんな事を言っているが、強ちやっぱり嘘ではないのか、伊東は、斎藤が来てからずっと服の裾を掴んで放さない。

 かくして、誠学校始まっていらいの大波乱が幕を開けた。




発生一日目・前編。