絨毯が敷かれた廊下を早足に歩く男が1人。
 色素が薄い蓬色の長い髪を後ろで束ね、小脇には洋紙の束を抱えていた。
 男が目指している場所は、彼が使えている若当主の執務室だ。現当主は、若当主の兄だ。父親は、兄が跡を継ぐと頷いた途端に家督を譲り、早々に隠居生活を始めた。どうやら、さっさっと家督を譲らせて悠々自適な隠居生活がしたかったらしい。そんな事はつゆ知らず…いや、知っていたが、兄はそう簡単に親父に隠居してもらっちゃ困るんだよ、と言い。中々首を縦に振らなかったらしい。
 と言う話しは、兄が当主になってから聞いた話しだが、本当かどうかは分からない。
 兄も父親にひけをとらない程の行動力と即決力のある人であり、“ホラ吹き”でもある。やると言ったらやる。やらないと言ったらやらない。決めた事は維持でも実行する。父親の悠々自適な隠居生活も、決めた事は実行する。の一つである。
 ホラ吹きと言うのは呼んで字の如く。次男坊の若当主は二人のホラ吹き癖を良く理解していたので、二人が言っている事の半分は信じていない。いや、信じる方が間違っている。そう考えてきた。
 そんな似た者同士の父と兄。兄の弟で父親の息子である若当主もホラ吹き…ではなく、案外普通の人間に育った。上の二人を見て育ったせいか、それとも小さい頃から今現在まで世話役兼秘書として付いている彼のお陰か、次男坊は立派な成人男子となった。

「若様!」

 前方に長い墨色の髪を一つに束ねた長身の男が歩いていた。歩いていると言うが、長身だけあって歩幅が違う。
 本人は普通に歩いているのだろうが、幡多から見れば足早に歩いている様にしか見えない。歩く歩調と一緒に束ねている墨色の髪がしなやかに揺れる。

「おぅ、どうした?」

「どうしたじゃありません。資料、お忘れです」

 そう言い、差し出したのは綺麗に紐で綴じられた洋紙の束だった。

「あぁ、何かないと思ってたらそれか」

「何かないと思ったら持ち物をご確認下さいと何度もご忠告いたしました」

「すまんすまん。忘れてもお前が届けてくれると思うとつい、な」

「な、じゃありません。いつまでも同じ事を成されて、私が気が付かなければどうするんですか!」

「大丈夫、お前はきっと気付くさ」

「貴方のその自信はいったい何処から来るのですか」

「自分から。それに、俺が唯一信頼している世話役はお前だけだ」

 小さい頃から世話役は何人も居たが、若当主が気を許していたのは、彼だけだった。

「拾われた身で、勿体無いお言葉です」

 拾われた身というのは、今から15年前、若当主が15歳の時である。
 趣味の鹿狩に出掛けた帰り道で倒れていた彼を拾ったのが始まりだった。

「拾ったんじゃないぜ、俺専属の世話役が欲しかったからあんたを雇ったんだよ」

「同じ事です。今の私があるのは、先代の当主様と若様のお陰です。本当に感謝しております。このご恩は私の魂が無くなるまでこの家と若様に捧げます」

「俺だけでいい」

 若当主のルビーの如く透き通るような紅眼が真っ直ぐに彼を見つめている。

「あんたの全ては俺専用だ」

「…私は物ですか」

 苦笑しながらもどこか嬉しそうに感じる。

「何度も言うようだが、お前を拾ったのは俺だ。俺以外にあんたを好き勝手できるのはいない」

「…ふ、あなたらしい」

「土方様!」

 こちらに向かってくる初老の男がいた。

「土方様、お待ちしておりました」

「あぁ。山南」

「はい。何でしょうか?」

「帰ったら、お前の淹れた茶が飲みたい」

「…なら、帰りましたら取って置きのを淹れましょう」

「あぁ、頼むよ」

「はい。いってらっしゃいませ、若様」

 右手に然り気無く持っていた杖を上に軽く持ち上げて左右に振って返事を返した。
 ―杖はその用に使わないと、何度もご忠告致しましたのに…。

 そんな事を思いながら土方の背中を見送った。





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