「にゃぁ〜」

「おや、迷い猫ですかな?」

 廊下を歩いていると、床下の方から猫の鳴き声がしてきた。
 抱えていた資料を一旦廊下へと置き、試しに庭先へと下りて床下を覗いて見た。

「おやおや、そんな所に居たんですか!…こっちへおいで」

 床下の奥まった所に鳴き声の主は居た。

「にぃー」

 少し警戒していた。

「怖がらないで、そこはお暗いでしょ?こちらにおいで」

 優しく話しかけると、山南の悪意のない呼び掛けが通じたのか、猫がゆっくりとした動作で床下から出てきた。

「おや、黒猫だったんですか。暗くて見えないと思っていたのは単に、毛色が黒かったからですか」

「にゃぁー」

 黒で何が悪い!

 なぜかそう言っているように思ってしまう。
 そんな自分に笑いながら、出てきた黒猫を抱き上げて廊下の端へと腰かけた。

「君はどうしてあんな所に居たのかな?」

 毛先についた土などをはらって黒猫を自分の膝元へと座らせた。

「にぃー」

 気を許したのか、山南を手を小さい舌がペロペロと嘗める。

「君は正直だね…同じ黒の赤目の人とは大違いだ」

「それは俺の事か?」

「私は“黒の赤目な人”としか言ってないが?土方君」

 膝元に抱えた猫に気を使いながら、向こう側の廊下からダンダンと足音をたてて来たのは、土方だった。眉間に深ぁ〜い皺を寄せて。

「中々俺の部屋に来ないと思ったら、こんな所で何猫と遊んでんだよ」

「ここを通りかかったら、この子が床下に居たんですよ」

 ズイッと土方の目の前に猫を抱えて見せた。

「門番は何してんだ…猫の子一匹入られやがって…」

「そりゃぁーわしゃのせいじゃな」

 と、いきなり上の方から声がした。

「っな!?」

「坂本さん!?」

 屋根からひょっこりと顔を出したのは、坂本竜馬だった。

「久しいなぁ、山南さん、土方ぁ」

 ニヤニヤしながら、猫のようにクルリと一回転して屋根から下りてきた。

「何であんたがいんだよ!門番は何してんだ!!」

「あぁー、門番は関係ないぎゃぁー、わしゃは屋根つたいに歩いて来たからな」

「またそんな事したんですか…変わりませんね……坂本さんは」

 山南が口元を押さえながら、笑いを堪え、土方が苦虫を噛み潰した顔をしていた。

「ハハハハハ、天下の新選組でも、流石に屋根までは見ないか」

 坂本が軽快に笑う。

「ところで、山南さんや」

「はい?」

 話しを急に変えて来た坂本。

「おんしが抱っこしている黒猫じゃが、そいつはわしゃの猫じゃきぃ、返してくれんかの?」

 山南の膝元でぬくぬくと寛いでいる黒猫は、実は坂本が飼っている猫だった。

「坂本さん、いつから猫なんて飼ってたんですか?」

「中岡のヤローが雨ん中泣いていたそいつを見つけてわしゃん所に持って来たんじゃ。
俺の所じゃ飼えんから、お前の所で飼ってくれって。さて、新選組に長居もなんだし、行くぞ、“皐月”」

「この子は“さつき”と言うんですか?」

「あぁ、“皐月”じゃ。中岡がな、皐月を拾って帰ってる時、雨が止んで五月晴れのようじゃったと言っとったからな…そこから拝借したんじゃ」

「それは良い名前をつけてもらったね、皐月」

「にぃー」

山南に頬ずりをしてから坂本の方へと行った。

「今度来たら、容赦しないからな…」

「キモに命じとくよ」

 そう言い、坂本は皐月を抱えて猫のように軽々と塀を越えていった。
 嵐が過ぎ去った後のような静けさになった。流石の土方もしばし唖然としていた。

「やっぱり、坂本さんは太陽のような人で、嵐のような人です」

「…どっちなんだよ」


「周りを嵐のように巻き込んで、最後には笑顔にしてくれるんですよ」




さつき