「遅かったじゃないですか、待ちくたびれましたよ」



「総司」


 彼の人は嬉しそうな笑顔でそう言った。


「そちらは寒いでしょ?早くこっちに」


 彼の人は待ち人が来たかのように私を招きいれた。


「遠路はるばる、よく来ましたね。差し詰め・・・近藤さんでしょうか?」


 彼の人は、いつものように笑っていた。





「山南 敬助。法度に背いたとし、切腹を申し渡す」


「謹んで承ります」


 彼の人は、平然と申し出を受けた。


 元治2年 2月23日
 山南 敬助
 享年33歳





 それから数百年後。
 まさか、自分で自分の墓参りをするなど、思ってもいなかった。

「何か・・・変な感じです。自分で自分の墓参りなんて」

「自分であって自分じゃない。あんたは“敬助”じゃなくて、“継都”なんだからな」

「それはそうですけど・・・」

 光縁寺に作られた山南敬助藤原智信の墓前。
 土方篤志と山南継都は2人揃って電車を乗り継いできた。目的は墓参りである。

「もう何年になる?」

「今年が2008年ですから・・・元治2年は・・・1865年。143年になります」

「あぁ・・・まだそん位しか経ってないのか?」

「戦国時代と違いますからね・・・幕末は。それに、幕末とは、幕府による国内統治の末期のことを言いますから、正式な年号ではないんです。
正式な年号で言うなら、江戸幕府末期の時代。19世紀半ばのことを言います」

「ふぅーん。戦国つったら・・・最近やってた風林火山か?」

「あれは、武田晴信、のちの武田信玄に使えた軍師、山本勘助について書かれた書物です」

「どっちにしろ戦国だろ?」

「戦国と言っても、色々ありますよ?」

 尾張の信長、越後の上杉…、と言い出し始めた。

「やめやめ、ここまで来てあんたの歴史話を聞きたくない」

 降参。と言わんばかりに両手を振って表す。

「土方君も、もうちょっと知るべきですよ?」

「あんたが知ってりゃそれでいい」

 土方が上着の胸ポケットから煙草を取り出した。

「禁煙したんでは?」

「山南敬助の墓に手向けるの」

 そう言い、煙草に火をつけ、線香の隣へと置いた。

「煙草なんて吸いませんよ」

「匂いだけでもいいじゃねぇか。昔の俺も煙管を吸ってたんだしな・・・それに、落ち着くんだろ?煙草の匂いがしてれば」

「・・っな!!覚えてたんですか!!!」

「煙草嫌いなあんたが言った言葉だ。覚えてないわけない」

「っつ!!!」




 時代は100年も遡る。
 あれは確か・・・伊東 甲子太郎達が来た頃だったと思う。12月も半ばに差し掛かろうとしていた。
 江戸の町にももうそろそろ雪が降るかと言うくらいの寒気に肌を震わせながらも、新選組の屯所では、違う事で肌を震わせていた。それは、土方と山南の仲である。
 元々意見の食い違いはあったが、今までどうにかして来たがららここ最近は悪くなる一方で、そこに伊東 甲子太郎なる者が入隊して来てずかずかと我が物顔で近藤の信頼を勝ち取った事に対しての土方の腹立たしさとで、山南にキツく当たる土方を見、それに屈せずに自分の意見を言う山南とを見ながら、近藤や沖田と言った試衛館メンバーは気に病んでいた。




「それでは」

 山南が伊東の部屋から出てきた。ちょうどそこに計ったかのように土方が居た。

「…」

「……」

 顔を会わせれば喧嘩ばかり、と思われがちだが、実際の所、プライベートではそれなりに仲が良い。けど、最近はさっぱりと仕事以外では会わない。廊下でもすれ違わなくなり、仕事以外で顔を会わせるのは久々だ。

「山南」

「…」

「…部屋に来い」

「…」

「来い!!」

 何も言って来ない山南に腹を立てながら、無理矢理山南の手を取った。

「離してください!」

「離さん!!」

「土方さん。山南さんが嫌がっているではないですか」 そこに伊東が割って入ってきた。

「あんたには関係ない!首を突っ込むな」

「部屋の前でやられれば嫌でも首を突っ込みます。土方さん、貴方は副長だ。山南さんは総長。総長は副長よりも地位は上だ。副長は総長の命には従わねばならないのでは?」

 伊東が挑むような眼差しで土方を見る。

「新参者に言われたきゃないね」

「土方君」

 今まで黙っていた山南が口を開いた。

「伊東さんも、人目に触れます。もうやめて下さい」

「山南さん」

「行くぞ」

 伊東の事なぞ気にせずに、土方は山南の手を取って足早にその場を去って行った。
 去って行く途中、山南がチラリと伊東の方を向き、すまなさそうに力無く(力無くとは、伊東の見た感じだが)山南がこちらに微笑み掛けたのが痛々しかった。




 ガラリと障子を開け、先に山南を部屋に入れてから自分も入り、障子を後ろ手に閉めた。

「…」

「……」

 立ち続けたまま、お互い顔も見ずにいた。
 長い時間…と言っても、実際はほんの数分しか経っていないが、ほんの数分でも長い時間が過ぎたと感じさせる。先に口火を切ったのは、土方だった。

「山南…」

「…」

「山南、顔を見せてくれ」

 ゆっくりと顔を上げた。目元が赤く、涙の粒が溢れ出そうだった。

「…」

「やまな…」

「貴方が悪いんです。私を…こんなにしたのは、貴方が」

 山南が土方に抱き付いた。多分、泣き顔を見られたくないからだろう。

「そうだな…あんたをここまで弱くしたのは、俺の責任だ」

 土方が山南を抱きしめ、頭を撫でた。髪の毛は、さらさらしていて、触り心地が良かった。

「けど、俺をここまでさせた責任は、あんたにある」

 クイッと山南の顎を上げ、乱暴に口を吸った。

「…っ!!」

 予期せぬ出来事に山南は咄嗟に口を閉ざしたが、土方の方が早く、山南の抵抗は無駄に終わった。

「今夜は泊まってけ」

 それだけ言って、山南を押し倒した。




「…」

 うっすらと眼を開けた。
 チュンチュンと、朝を告げる鳥達の声が聞こえる。

「気分はどうだい?山南さん」

 土方が隣で肘を付きながら、山南の寝顔を眺めていたらしい。

「…煙たいです」

 土方が煙管を吸っていた。煙管の柄には見覚えがあり、以前、山南が贈った煙管だった。

「…まだ、使っていたんですね…」

「あんたからの贈り物だ、簡単に捨てられるか」

 顔を少し赤らめ、山南から視線を外した。

「…ふふ」

 山南にとって、そういう土方の照れ隠しが可愛く見えてしょうがない。

「何だよ」

「なにも。ただ、落ち着くな…と思いまして」

「?」

「貴方の煙管の匂いは、落ち着きます」

「!!」

 山南は、多分真っ赤っかな顔を隠すために土方の胸へと抱き付いた。

「…あんた、やっぱり可愛いな」

「…ふ。私は、大丈夫ですよ」

 土方の表情が変わった。

「…」

「貴方が思っているほど、弱くわありません」

 池田屋からだった。土方が山南の扱いに迷いが生じたのは。

『私の事は、考えなくて良いですよ。ただ、意見はしますけど』

 そんな事をその頃に言われた。
 その言葉を胸に、土方は今の今まで山南と切れそうで切れない1本の細い糸の繋がりを保って来たが、最近、その絶妙な保ちが取れなくなっていた。そんな頃にこれだ。

「あんた、最近、寝てないだろ?」

 話しをいきなり変えられると、寝起きの頭は付いていけない。

「まだ、寝てろ。今日ぐらいはゆっくりしていい。明日から忙しくなるからな」

 これは夢だ。こんな優しい土方君なんて珍しい。だから、これは夢だ。夢なんだ。
 そう思い込んで、山南は土方に抱き付いたまま、また眠りの淵へと身を任せた。


 そんな出来事があってから数ヵ月。
 山南は脱走した。




 線香の隣に煙草を添えた。

「結局、あんたが居なくなった後は、なし崩しな感じだったな…平助が居なくなり、沖田が結核。
永倉や原田とは袂を別ち、源さんは亡くなって、近藤さんも亡くなった…残った俺は、死に場所を求めるように戦場を駆けずり回っては、勝利を納め、気付けば五稜郭だ」

「その間に、私の故郷にも行ったんですよね?」

「あぁ、仙台は、良い町だな。民も良ければ町も良い、緑が多かった」

「そうですか…あ、土方君。次の電車に間に合わないと、帰れませんよ」

 山南が、時計と時刻表を見ながら言った。夕方まで帰らないと近藤に怒られるのだ。
 書類整理は、山南達の仕事。その二人が揃って留守にするものだから、近藤にはたまったものじゃない。ましてや、バイトで居る水葵達は、テスト期間で勉強で忙しい。

「早く行きましょう」

 山南が土方の手を取る。

 あの時も、こんな風に山南の手を取っていたら…。

 一瞬、頭の中でそう過るが、やめた。

 昔を悔やんでもしょうがない。今を見ろ。お前の目の前には離したくなかった奴が今、居るじゃないか。

 握られていた手を握りしめて、土方は、山南の前に出た。

「急げ、山南」

「!……はい」

 土方の手に引っ張られながら、ふと、後ろを振り返った。

「…」

 風なんて無いのに、供えた煙草の煙が、ゆっくりと揺れたような気がした。

 懐かしんでくれたのかな?

 そんな事を思いながら、山南は、土方に先導されて行くのに身を委ねた。


『今度は、離れないでください』


「「!!!」」

 二人で後ろを振り返る。煙草の煙は悠々と天に向かって消えていく。

「帰りましょ」

 山南が土方の手を握り直す。

「あぁ、帰るか」

 互いに手を握り合いながら、光緑寺を後にした。



『あんな風に素直だったら…』


『今さら、後悔したって意味ありません。今は、見守りましょう』


『そうだな。…あんた、随分と丸くなったな?』


『彼のお陰ですよ』


『俺のお陰って、嘘でも良いから言えよ』

 ふふと笑い合い、二つの影は重なり合って、消えていった。
残された煙草の煙は、いつの間にか火が消え、最後の煙がゆっくりと先に消えていった二つの影を追うようにして消えていった。





今と昔。