まだ壬生浪士組と名乗っていた頃、この事件は起きた。
始まりは永倉からだった。
それは、浪士組がどうにか会津藩のお預かりとなってから数日経った頃だった。
浪士組も軌道に乗り初め、束の間の平穏。だが、その平穏がとある“落とし物”によって破られようとしていた。
最初にその落とし物に気付いたのは、永倉だった。
日課の朝稽古を終えた永倉が、汗を流しに井戸へて向かう途中、その“落とし物”が落ちていた。
見た目は普通の手帳である。それなりに使われた物だ。
クルリと裏返してみてもタイトルも何も書いてなく、はて、これは一体何なのかと左手で持っていたのを右手にかえてまたクルリと裏返してみると、束ねて留めてある方の隅っこに控えめに文字が書いてあった。
「…ほーぎょく?」
控えめな字で書かさってあったのは、豊かな玉と書いて『豊玉(ほうぎょく)』と書いてある。
ほーぎょく…ほうぎょく……聞いた事ない。
名前らしきものが書いてあったが、いまいち手掛かりとしてはパッとしない。ので、持ち主には悪いが…。という気持ちを持ちながら永倉は開いてはいけない手帳を開いてしまった。
・・・。
その頃、土方の部屋では、もの凄い剣幕で部屋の主の土方が長着と向き合っていた。
あまりにも凄い剣幕なので、土方の部屋からはただならぬ雰囲気を醸し出していたので、朝から誰も土方の部屋へは近づいていない。近づけるとしたら、沖田か近藤か…はたまた皆刀、山南か…な感じである。
さて、長着と向き合っている土方。よくよく見てみると、袖のところにポツンと穴があいている。はて、袖に穴と言えば、最近山南も袖に穴があいていて財布を落としたとか。副長になったら袖に穴があく…何てジンクスでもあるのか?そんな事は置いといて、袖に穴があいた長着とにらめっこしている土方。もうそろそろ朝食の時間である。
「土方さんはどうしたんですか?」
ご飯を目の前に、お腹を空かした沖田は今にでも食べ始めんばかりに見ていた。若いということは良いことである。
「そう言えば、朝から見てませんね」
沖田の言葉に相づちちをうったのは山南だ。
「そう言えば、俺も見てないな…」
近藤もうなずいた。
土方と昔からの付き合いの沖田と近藤達が見てないと言うのだから、土方は朝から部屋を出ていないのだろう。
「あの歳が遅いなんて…珍しいな。なんかあったのか?」
土方は時間を無駄にするのがあまり好きではない。暇さえあれば隊の事を考えたり仕事をしたりと、忙しい。
そんな1分たりとも無駄にしない土方がこうやって時間に遅れるのは、今までに一度もなかった事である。風邪でもひいて起き上がれないのか、はたまた何かあったのか…どっちにしろ土方の部屋に様子を見に行かなければ始まらない。
「私が言って来ましょうか?」
井上 源三郎こと、源さんが手を挙げた。
「源さんのお手をわずらわせる訳にはいきません。ここは私が行って来ます」
そう言うのは皆刀 薙紅である。
「なら、私も付き合いますよ」
横からそう言うのは山南だ。
「それじゃ、行ってきます」
皆刀と山南は部屋を後にした。
「すまん、遅くなった。」
そこへ、入れ違いに永倉が来た。…右手には例の物を握っていた。
「永倉さん!!遅いですよ!…うん?それ、何ですか?」
沖田が過敏に反応する。
「あぁ、先程廊下で拾った。隅っこに豊玉って書いてあるんだが、誰のか分かるか?」
“豊玉”と聞いて、近藤と沖田が固まったのはいうまでもない。
「すみません。山南さんのお手をわずらわせる事になって」
まるで自分事の様に頭を下げる。
こういう所は沖田達、試衛館のメンバーにはいないタイプだな、と山南は常日頃思う。
ここのメンバーとも何か違う、自分ともどこか違う…そんな雰囲気を感じさせられる存在。一見してみれば、ただの好青年に見えるが、一皮を剥いてみると別なものが出てきそうな感じがする。
「私が付いて来たいと言い出したんだから。それに、興味本意で付いて来たようなもんだし」
「興味本意?」
「あの時間に煩い土方君が遅刻せざるおえない出来事とは何かと思ってね」
気になっちゃってね、と隣を歩く皆刀にあどけた笑顔を見せる。
こういう所は子供っぽい。そう思う皆刀である。
「土方さん!!朝食の時間ですよ」
皆刀が障子の前で叫ぶ。土方からはなんも返答が返ってこない。
いぶかしむ二人。
「やっぱり風邪でしょうか?」
「風邪で声が出ない。なんて事もありますからね…入りますか」
山南が障子の取っ手に手をかけたその時
「待て!!今行く」
土方の切羽詰まった声がし、直ぐに土方が出てきた。
「何かあったんですか?」
山南が聞く。
「いや、別に何もい。ちょっと頭痛がしただけだ」
どこか言いっ訳ぽく聴こえる。それに、襖を背にしてピタリと閉め、部屋を見せたくないと言った感じである。
「…部屋に…何かあるんですか?」
皆刀がいぶかしんだ表情で土方に問いかけた。
「別になにもない。ただ、ちょっと部屋が散らかっているだけだ」
「別に男同士、部屋が汚い綺麗ってのはないんじゃないですか?」
皆刀が山南にねぇ?と聞く。
「部屋の綺麗、汚いはさておき。その人の個性が部屋に出ていいと思いますよ」
「…」
「まぁ、いいです。近藤さん達が心配しています。行きましょう」
土方の不可解な行動に不信感を持ちながらもその場を後にした。
ガラリと勢いよく障子を開ければ、そこには口をパクパクさせておどおどしている近藤に隣ではニヤニヤしている沖田。斜め向かえでは何やら唖然としながらこちらを見ている試衛館メンバーがいた。
「…何してんだ?」
土方が近藤に声をかけた。
「!?」
声をかけただけなのに近藤はビクリと驚き、恐る恐る土方の方へと顔を向けた。
「やぁ…歳、お早う」
どこかぎこちない近藤に対して山南が問い掛けた。
「何か…あったんですか?」
「いや、別にこれと言った事…ではないと……思う」
「何なんだ?その間は」
土方がいぶかしんで永倉の横を通って近藤の所へと行こうとした時、何気無く視線を下へと向けた土方の目に飛び込んできたのは一番望んでなかった結果だった。
「…永倉」
土方がピタリと永倉の隣に止まる。近藤以下皆が息を飲むのがわかる。皆刀が成り行きを面白そうに待っている。山南は頭に?を浮かべていた。
「それを何処で拾った?」
・ ・ ・ 。
その場に笑いがおこった。
「ようするに、永倉さんが拾った謎の手帳は、土方さんの俳句帳だと」
山南が先程から笑いたいのを我慢しながら今までの話しを整理していた。
「笑いたきゃ笑えよ!!気持ち悪い」
土方が顔を真っ赤にしながら下を向いて先程から畳の目をいじっていた。
「…失礼。では、土方さんがなかなか部屋から出て来なかったのは、この為だったんですね。俳句帳が見つからないから部屋を探し回っていた。そのために朝食の時間に遅れたと…」
「で、その俳句帳を拾ったなが永倉さん」
「あぁ。いつもの朝稽古を終えた帰りにちょうど拾った」
「行きと帰りの道は同じですか?」
皆刀が横から口を挟んだ。
「あぁ、同じ道だ」
「それは確かですか?」
「わざわざ違う道を選ぶ理由が分からない」
皆刀の問い掛けの意味がわからず、いぶかしんでいると、山南があ!と声をあげた。
「わかりました?」
「はい。永倉さん、しつこいようですが行く時は無かったんですね?」
「あぁ」
「帰りはあった」
「あぁ…「「あ!!」」」
そこにいたメンバー全員が気が付いた。
「そうです。土方さんの俳句帳は落としたんではなく、誰かが盗んだんです」
何やら雲行きが怪しくなって来た。

趣味です。
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