ゴホッゴホッ

 二日前くらいから咳をしていた。

 鬼にも移る度胸がある風邪もいたもんだな。
 第一に思ったのはそんな事だった。


「いつもの激務が祟ったんですよ」

 開閉口一番に言われた。

 二日前から風邪の症状があったから、いやがおうでも夜は早目に床につかそうと四苦八苦したが、全てが空振りに終わった。
 さすがは組一番の策士だと改めて実感した。
 そんなこんなで病状は悪化の一歩を辿り、今にいたる。

 小姓の皆刀が額に置いてあるタオルを替えながら話していた。

「俺の他に誰がやる」

 掠れた声で話す土方。今にでも床から抜け出て文机に向かおうとする態度である。

「私がいます。貴方の筆跡を真似るなど造作もありません。山南副長も頼めば心よく引き受けてくれますよ」

 いとも簡単に流した。
 土方のほうは苦虫を噛んだような表示をしていた。

「さ、大人しくしてくださいよ。それでも鬼の霍乱だー!!って原田先生を筆頭にあの三馬鹿が騒いでるんですから。あ、局長から付きっきりで看病しろと言づかって来たんで、大人しく寝て下さい」

 いつもの笑みをする。やっぱり自然と出てしまう。毎回出すたびにうさんくせぇだの言われているが、今回は何も言われなかった。
 ちなみに、三馬鹿というのは原田、藤堂、永倉の三人の事を指している。何故三馬鹿と呼ばれているのかと言うと、毎回馬鹿な事ばかりやり、土方にこっぴどく怒られても性懲りもなく繰り返すので、沖田が「あの三人の頭では理解しがたい言葉で説教をしているから性懲りもなく繰り返すじゃないんでしょうか?」と、沖田がポロリと言ってから「三馬鹿」と呼ばれるようになった。
 本人達は知らない。

 しっかりと釘を刺すあたり…嫌なほど出来た小姓だ。土方は心の中で毒づきながらも観念したのか、大人しく寝ることにした。
 さすがに体が怠い。頭もどこか霧がかかった感じがしてはっきりしない。

「皆刀…」

 眠気と戦いながらも、小さな、掠れた声で呼ばれた。

「どうかしましたか?」

 子供をあやすような感じで接する。

「……―――」

 何と言ったか聞き取れなかった。

「何ですか?」

 耳を寄せた。
 恥ずかしがりながらも、さっき言ったことを皆刀の耳元でもう一度、聞こえるように言った。

「……寝るまで…そこにいろ。」

 恥じらいながらも掠れた声で言った。僉刀に背を向けて寝始めた。ここからでは見えないが、土方の顔は真っ赤であるに違いない。なんせ、耳まで赤くなっているからだ。

「……」

 皆刀の表情は一瞬、呆気に取られたが、直ぐにいつもの表情に戻った。

「付きっきりで看病するって言ったじゃないですか」

 聞いているのか聞いていないのか……耳はまだ赤いままである。





鬼の錯乱