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―赤い…朱い(あかい)。
―周りが赤い。
―自分が朱い。
―何で“あかい”?
―人を殺したから“あかい”
目を開けると、赤一色だった。
周りを見てもどこを見ても血に染まったような赤。まるで、自分の目が赤く塗られているかのような赤一色である。
ふと、ぬるっとした感触がしたので、自分の手を見てみると。
『血』
口に出してみたが、声が出ない。だが、今の彼にしてみれば、そんな事はどうでもよかった。
彼の注目は、自分の手に付いているこの“黒い血”に注がれていた。
―黒い。
―漆黒(くろい)。
―何が“くろい”?
黒いけど、これは確かに血だ。
本来、血は“赤い色”である。だが、今彼が見ている血は黒である。
自分の手をじっと見て、視線を上げて見ると。
『…』
刀を握ったまま死んでいる男達がいた。
手前にいる男は、右腕から下がなく、ううと唸っている。どうやらまだ息はあるが虫の息だ。
障子に突っ込んでいる男は、背中から袈裟懸けに切られ、死んでいる。襖を背にしている男は、心臓を一突きで即死だ。
何で自分がこんな所にいるのかが分からない。
ガダン!
廊下の方から音がした。ドタドタと聞き覚えのある足音がする。
「山南!!」
右手に刀を握った土方が勢いよく現れた。
『そんな一人でつっばしって…待ち伏せされてたらどうするんですか』
そう言ったが、やはり声にはならない。
土方の顔を見ると、自分の下方を見て、表情を青ざめた。
それを見て、下を見てみると。
『!!』
そこには、血で染まった着物に身を包んだ“山南 敬助”が倒れてい。右肩から背中にかけての深目の切り傷が生々しい。
「山南!?」
血相をかえて“山南”方へ向かって来る。
その時、今まで虫の息で動けないと思っていた男が、素早く体を起こし、刀を左手に握り直して土方へと襲いかかった。
『土方さん!!』
山南が叫ぶ。
土方は寸での所で避けた。交わされた男は、勢い余って転げそうになったのをどうにか踏ん張った。
土方は、その隙を見逃さず、すかさず刀を握り直して男の背中を右肩から袈裟懸けに斬り捨てた。男は絶命した。
刀についた血を拭いとらずに“山南”へと近付き、意識があるのかを確認した。
まだ意識はあるが、虫の息だ。
口元に当てた手で呼吸をしているか確認した。
ヒューヒューと小さく、忙しなく呼吸を繰り返していた。
『…』
そんな一連の出来事を第三者的目線で見ていた山南。
自分の体に、武士として致命的な右肩の傷。
自分は刀をまた握れるか…。
決めるのは自分であり体である。
目をつむった。
意識が遠退いていく。
うっすらと目を開く。
遠退いていく中、最後に見たのは、土方が“山南”を抱き抱えている所だった。
ああ…私はまだ“ここ”にいて良いんだな…。
そう思いながら山南の意識はなくなっていった。
―血が黒い。
―手が漆黒。
―自分が“くろい”
「…」
最初に見たのは、うっすらと蝋燭の火に照らされた天井だった。次に見たのは、隣で船をこいでいる土方の姿だった。
「ひじかたさん」
そう言ったつもりだったが、喉が渇いているせいか声が出ない。唇も渇ききっている。
土方を起こそうと、布団の中から右腕を出そうと動かした時、右肩から背中に激痛が走り、息が一瞬止まる。声にならない悲鳴をあげる。
「――っ!!」
その声に土方が気付いた。先程まで船をこいでいた頭を浮上させて山南を見た。
「大丈夫か?」
優しい声音で問い掛ける。鬼の副長と呼ばれているのが嘘に思える。
「水だ。飲めるか?」
傍らにあった水を差し出した。
受け取ろうとしたが、なかなか腕が動かない。
それを察した土方が水を飲ませてくれた。
「…土方さん」
山南がゆっくりと話しかける。
「なんだ?」
「刀…握れますかね…」
自分の右肩を見る。
白い、真新しい包帯が巻かれている。所々“あかい”染みがある。まだ血が出ているらしい。
「…あんた次第だ」
土方が問い答える。顔は俯いていた。
山南も土方も分かっていた。あれほど深く肩を斬られていれば完治したとしてももう上段の構えは出来ない。
ましてや、斬り合いとなれば肩への負担は大きい。刀を握ることはまず無理であろう。握れたとしても、待っているのは…分かりきったことである。
―刀は武士の魂その物である。刀が折れる事はお前の心が折れる事と一緒だ。
―刀を握れなくなった時からそいつはもう武士ではない。
―わかったか?敬助。
父上によく言われていた事だ。昔は何でだろう?と思っていたが、今なら分かる気がする。
「…ねぇ、土方さん」
山南が土方の顔を見る。
土方がなんだ?と聞き返す。
「“武士”って何なんでしょうか…」

あかい。くろい。
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