元治二年二月二十三日
 新選組総長
 山南 敬助 切腹
 享年三十三歳

 介錯 沖田 総司

 多くの人に惜しまれながら天命を全うした。




 暗い部屋の中、土方 歳三は一人、何もせずに壁に体を預け、月明かりがうっすらと照らす庭を見ていた。

「……」

 一切の感情もない目でじっと見つめていた。

「……山南」

 声を出すが、掠れて音にならない。
 後が続かない。いや、続ける言葉を出したくないだけだろうか?

 顔を上げるのも嫌になり、力なくうなだれる。
 結っていない髪が次から次にと落ちてくる。

 早く忘れてしまえ…お前は“鬼”だぞ、新選組隊士達から“鬼の副長”と言われる程恐れられているんだぞ。
 早く…忘れてしまえ。

 その時間が嫌な程長く感じた。

 ふと、隣に気配を感じ、すかさず刀を抜こうとしたが、肝心の刀が手元になかった。
 シュッと、土方の首元に刃があたる。

「これで入って来たのが私じゃなくて侵入してきた不逞浪士だったら…あなた…今頃いませんよ」

 真剣な目で、前を見据えて言った。どこか優しげに聞こえた。月明かりがやけに眩しく思う。

「……すまんな、気い使うような事をさせて」

 うなだれたまま話す土方。それに対し、土方付き小姓の皆刀 薙紅は

「気なんぞ使ってません。いつもの接し方と大差ないと思いますけど?」

 刀を鞘に納めながら土方の隣に腰を落としながら話す。顔は、笑みの表情だ。

 いけ好かなぇ笑みだ。

 土方がよくそう言っている。何もかもわかっているような笑みで好かねぇと。

「…」

「……」

 何も言わず。

 何も聞かず。

 その人が話すまで待つ。

 キリがなかったら自分から切り出す。
 土方付き小姓として最初に思った事だ。
 それが暗黙の了解のようにもなっていた。
 最初に沈黙を破ったのは皆刀だった。

「貴方は悪くない。と、言っても聞き入れないですね……。山南さんが決めた事だ、私達が口を出していい事ではないですよ」

 貴方なら分かっているでしょう?

 最後の方は言葉にはしなかった。
 言ったら…逆に傷付けそうだったから。

「…てめぇに心配されるとは…俺もおちたな」

 いつもの減らず口が出てきた。それに対しては嬉しいが、その言い方はなんだ!!

「一辺斬られてみますか?」

 柄に手を掛けた。
 本気で斬ったろうかと思った。

「俺を斬れるか?」

 雲と雲との間から差し込む月明かりが土方の顔を照らす。
 強く、鋭い眼光でこちらを見ていた。真っ直ぐで、何もかも見透かされそうな黒曜石の瞳。
 何者にも左右されず、何者もを寄せ付けない絶対なる城壁。城壁内に入る事が出来るのは、最も親しい者だけ。
 私はその中に入っているのだろうか?早々に刀を捨て、小姓と成り下がった私は……。
 その苛烈な視線を浴びただけで首が飛びそうなくらいの鋭さだった。近藤局長が持っている虎徹くらいの切れ味だろうか……。

「……ふっ。私も馬鹿じゃない、今の貴方に刀を向けたらこっちの首がかっ飛びますよ。これでも貴方よりは長生きしたいんでね」

 柄から手を離し、お手上げのポーズをした。

「てめぇの減らず口も減らねぇーな」

「貴方の減らず口も減りませんよ」

 皆刀の頭に鉄槌が落ちたのは言うまでもない。




「沖田先生、いつまでそこにいるんですか?」

 土方の部屋から出た後、皆刀は庭にいた沖田に声を掛けた。

 声を掛けるな。

 そんな雰囲気出しまくりだったが、あえて声を掛けた。そのほうがいいと思ったからだ。

「何ですか?薙紅さん」

 あちゃー怒ってる。
 沖田先生が「薙紅さん」なんて呼ぶのは切羽詰まっている時か、怒っている時くらいだ。

「いやぁ、貴方が先程からずっと“庭先”にいたのが見えたので」

 土方がいけ好かねぇ笑みだと言っていた笑い方をする。
 それを見た沖田は、先程よりも不機嫌になったよう見えなくもない。
 先程、庭先と言ったが、実際、沖田は床下にいた。
 土方は憔悴しきっていたせいか、気付かなかったらしい。
 沖田先生なりに心配してるんだな…試衛館時代からの付き合いだし…。そりゃー私だって試衛館時代からの付き合いだけど、やっぱり違うもんだ。
 沖田先生は土方副長とは親子みたいなもんだし。
 私は……途中から天然理心流の門下生に入った人間だ。確か……山南副長の後だったような気がする。
 沈黙を続けていた沖田が、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で言った。

「貴方ばかり…ずるいです」

 ずるい……か。

「…何か言いましたか?」

 あえて聞こえなかったふりをする。
 我ながら酷い態度だ。

「……なんでもありません。すいません、いらぬ手間を取らせてしまって……それでは、私はこれで失礼します。」

 言い終わる前に先に足が動いていた。
 沖田が去って行った後の庭先は静かだった。

「……」

 今宵の月は、なにもかも狂わせてしまうくらいに永遠と輝いていた。




憎まれ役。