「龍馬・・・・・・・か」

仕事が終わって寝る前に今日の昼のことを思い出して山南はくすりと笑った。久しぶりに会った男の姿はまったくといっていいほど変わっていなかった。そんなことにふと微笑がもれた。

「そういえばあのときもお汁粉を奢らされましたね・・・・・」

そう。それはまだ山南が試衛館に行く前のお話。まだ近藤とも土方とも会っていなくて玄武館に通っていた頃の話。




「ちょっとそこの兄ちゃん」

「はい?」

突然声をかけられた男はなにかと振り返るといきなり声をかけたほうの男のこぶしが顔面に飛んできた。当たったと思ったのはまわりだけで男は軽々とよけていた。

「穏便じゃありませんねぇ。私は火事も喧嘩もニガテなんですけど」

「ふざけんなぁ!」

男。名前を山南敬助といった。苦笑いをしながらその場を離れようとしたら気がついたらまわりを相手の男の仲間のような者たちに囲まれていた。苦笑いをいっそう濃くした。

「あの〜・・・・通していただけませんか?買った本も早く見たいので〜・・・・」

「馬鹿にすんな!!」

「おっと、私に争う気持ちはないのでそう怒らないで下さい。その前になんで怒ってるんですか?」

「お、お前忘れたのかこの顔をっ!!!」

怒りで真っ赤にして男は叫んだ。それでも山南には襲われる覚えも殴られなければいけない理由も思いつかなかった。

「なんとも申し訳ありません・・・・・人の名前と顔を覚えるのは得意なのですが・・・・・どこかでお会いしましたっけ?」

そう言ったとたん男の仲間が山南に殴りかかった。平然と男のこぶしを避けそのまま腕をねじあげた。恐ろしい早業だ。

「後ろからなんて無粋ですねぇ」

にっこりと誰もを凍らせる笑みを浮かべると山南は男の腕を放した。急いで男が逃げ出す。しらない間にまわりは人垣に囲まれ喧嘩の見物客で溢れていた。

「人違いじゃないんですか?私には心当たりがないんですが・・・・」

「て、てめぇ・・・・!!俺のお松を盗っておいて!!」

「・・・・・・待ってください」

早く本を読みたい。山南は心の中でそれを連呼していた。

「私はそのお松殿とか申される方とお会いしたことがないんですが・・・・」

なんでこうも人に絡まれるか山南はため息をついた。

「もういい!!やっちまえ!!」

「おう!!」

「ま、たまには刀を使わないのもいいですかね。どうせなら私を楽しませてくださいよ」

その後の結果はいうまでもなかった。山南が最後の一人の首の後ろを殴り気絶させた。気持ちよさそうに背伸びをした。

「あちゃちゃ〜やったの〜」

ふと聞き覚えのある声が聞こえてきて山南はそちらのほうを見た。そこにいたのは背が高くいつも笑っている男だった。なんとなく山南も笑みを返す。

「喧嘩か敬助?」

「まさか。自己防衛ですよ坂本さん。ちょっと因縁をつけられたもので」

その頃の山南は正直今の山南に比べてとげとげしかったといえる。言葉遣いは丁寧でその綺麗な絵になるような笑顔からたいていの人からは人好きのよい若者ととられていたがそれはあくまで外。一皮向けば恐ろしい腹が黒い狐だった。

「で、お松っていう女は知っちょるのかえ?」

「それは本当に知らないんですよ。いったい誰なんでしょう?聞く前にのしちゃいました」

周りからは細い身体で大人数に立ち向かっていく山南に拍手やら声援やらが送られていた。終わった後は拍手喝采。照れたように山南は頬を赤く染めた。

「そんだけ強かったらなんであんな怪我したんだ敬助?」

「周作先生に聞いてくださいよ」

「お前の口から聞きたいぜよ」

歩きながら話していると坂本がいつものように素直な笑顔を見せた。それに苦笑いでかえす山南。一年前大怪我をした男を拾ったのが千葉道場の道場主千葉周作だった。そのままその男山南は周作と同居させてもらい剣も教わっていた。もともと強かった山南はほとんど教わることが無かった。

「お仕事でヘマしちゃったんですよ」

「後ろ傷ってことは仲間に裏切られたとかきに?」

「フフ・・・・・察しの通りですよ坂本さん」

自嘲気味の笑みを浮かべると山南は身体が大きく動くのを感じた。眼を開くとそこには坂本の顔のアップがあった。

「なんか食べにいかないきね?」

「それなら・・・・・」

「お汁粉やろ?」

「ご名答。流石坂本さんです」

眼を輝かせて坂本に言うと山南はいつもの甘味処のほうへと歩いていった。もちろん坂本も。

「おまんお汁粉が絡むと人が変わるきね。素直になるきに」

「そ、そんなことないですよ〜。狐だの陰口叩かれてますから」

「あしはそうは思わんぜよ。だから心配しないであしには心を開いてくれればええ」

「・・・・・考えときましょうか」

「そうぜよ。あしはおまんのことが好きじゃぞ。ついでにあし金が・・・」

「大丈夫ですよ。今日は私が奢ります」

「流石山南先生きにっ!よっ、日本一!!」

なんてことを言いながら二人は歩いていった。なんざらでもない。この男と話すのは。




「敬助、おまんもてるの〜」

「は?」

急にわけの分からないことを言い出した坂本に山南は眼を丸くした。この男と一年間付き合ってきたがいまだよく分からないことがあった。それでも少し坂本と一緒にいると落ち着いた。

「なんでですか?」

「あそこの女たちをみてみぃ・・・・皆おまんを見ちょるき」

「はは・・・・・気のせいですよ」

山南は今も昔も恋のほうに関しては無知も無知。鈍感極まりなかった。女心と恋は永遠に無縁の脳をしていた。

「坂本さ・・・・・・」

「なぁ敬助ぁ。その呼び方いいかげん変えようぜよ〜。なんか違和感があっておかしいぜよ」

「え、また急に・・・・」

「龍馬でいいきに。さんもいらん」

少し迷い小さく恥ずかしそうに坂本の名前を山南は言った。

「りょ、龍馬・・・・・?」

「それでええきにねっ!よろしくぜよ山南っ!」

「え、えぇ・・・・・よろしくお願いします坂本さん」

急に肩を抱かれた山南が返すと坂本は急に不機嫌な顔になった。そして山南の額を小突いた。

「龍馬!」

「わ、分かりました龍馬・・・・・」

額を押さえながら苦笑いをするとそのくすぐったさにふと嬉しくなった。

「私人を呼び捨てにしたのは初めてかもしれません」

「本当かえっ!?あしはいつも呼び捨てじゃけ・・・・・」

山南の告白に龍馬が目を丸くするとくすくすと山南は笑った。

「あなたはそれでいんですよ龍馬。ちょっとばかし鬱陶しいかもしれませんがあなたはそれでいいんです」

「・・・・・・・鬱陶しい・・・・・」

「まぁ・・・・・・そうですね。いい意味でです」

運ばれてきたお汁粉と団子を山南は微笑んで受け取った。そのしぐさに店員も頬を染めて厨房まで戻っていった。

「もう一年か〜早かったぜよ」

「えぇ。あのときは驚きました。これでも大怪我しててとくに背中の傷が深かったっていうのに思い切り高笑いをしながら背中を叩かれて昏倒したことがありましたっけ。今となっては懐かしい思い出です。ねぇ龍馬?」

「・・・・・・・あれは謝ったじゃろうが・・・」

それは一年前初めて龍馬と山南が会ったときのことだった。山南は大怪我をしていて言葉も出せないほど傷が深かった。そして礼だけでも言うために運ばれてきた食事をとろうと山南が言うことを聞かない身体を持ち上げ食事をしていたときだった。そのとき隣でなんとなく眺めていた男が近寄ってきてまじまじと眺めてきたのである。

「・・・・・・・」

なんですか?といいたくてもしゃべれないので目だけでも訴えていた。しかしまったくそれを感じなかったの坂本はずっと山南を見ていた。

「ン・・・・・ゴホ!!ゲホホ・・・・」

むせた山南が咳をしていると坂本は横から布巾を手渡した。

「これ使うぜよ」

「・・・・・・・・」

首の動きだけで礼を言うと山南は素直に受け取り咳をした。そのときだった急に坂本が身を乗り出してきたのだった。

「あ〜も〜可愛いなおまんっ!!」

ばしん!と通常の山南だったら動じなかっただろうがいかんせん大怪我をしていた。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!??」

あまりの痛みに気を失った山南は悲しいことにご飯と味噌汁にまみれた姿で見つかった。

「本当に痛かったんですから。あれはこの世のものとは思えない痛みですよ」

「だからすまんって言ってるぜよ〜」

「あの後閉じかけていた傷が開いて大変だったんですからね。おかげで治りが一月遅れました」

「すみません。本当にすみません」

素直に頭を下げる龍馬に対してそんなに怒ってもいない山南は団子を口に運んだ。

「まぁ看病を献身的にしてくださったし大目にみましょうか」

坂本もそれを聞いて安心したのかお汁粉に口をつけた。ゆっくりと二人の時間が流れていく。




「なぁ、山南」

「なんですか?」

しばらく食べることに気を向けていた坂本は同じように食べていた山南に声をかけた。凛と通る声で返してくれる。

「あしがもしおまんを裏切って今斬りかかったらどうする?」

「・・・・・・・また嫌な質問ですね・・・・」

顔をしかめると山南は間髪いれずに続けた。

「あなたはそんなことしないでしょう・・・・?少なくともここでは」

「でも前おまんを斬ったやつってのもそれなりにおまんは信頼してたんじゃろう?だから隙があった」

図星だったのか目に見えて山南は嫌そうな顔をした。

「意外なところで鋭いんですからね・・・・・あなたは。確かにそうですね・・・・・」

少し考えてから山南は坂本を見て言った。

「そのときはそうですね・・・・・・・」

「だまって斬られるとか言ったら怒るぜよ」

「それはないですよ。私だって好きで斬られたわけじゃない。そうですねぇ・・・・・あなたが私に斬りかかってきたらですか」

う〜んと考えながら山南は絶えず団子を食べていた。たまに坂本からお汁粉ももらっていた。

「斬られませんかね」

「は・・・・・?」

「だから斬られませんって」

「斬られませんっていうのは・・・・」

「確かにあなたは私と同等の力量をお持ちになってはいますが私とて素直に殺されることは気がひけます。斬りもせず斬られもせず・・・・・それ以前にあなたはそんなことをしない。これは不変の事柄です」

でしょう?と聞いてきた山南はどこか以前より人間らしくなっていて嬉しくなった。しかし会話の中に難しい単語が多すぎて坂本は少し困った。

「あしはあまり学がないきに・・・・・・でも安心したぜよ。おまんも少しは人間らしくなったやきね。いくら取り繕っていてもいつかは剥がれるぜよ」

昔から感じていた薄い壁。顔を覆い隠してしまう薄くて硬い仮面。それが剥がれて少し本当の山南の顔を見れた気がした。

「私をこんなふうにしてしまったのはあなたでしょうに・・・・・」

苦笑いを坂本に向けると山南は眼を閉じた。

「山南、なんの本を買ったんじゃあ?」

「あ、これですか?いや、無性に源氏物語を読み直したくなりまして。よかったです置いてあって」

にこにこと風呂敷をあけるとそこには三冊の源氏物語が置いてあった。

「働いたかいがありましたっ。ほしい本も買えましたし周作先生にも少しずつ返せています」

「別にいいって先生はいっとらんかったかえ?」

「悪いです。全部は無理かもしれませんが少しずつ返せればいいんです。本当は全部返したいのですが・・・・流石に無理でしょう。本当に・・・・・すごい方ですよあの方は」

「そうきね・・・・」

また運ばれてきたお汁粉に坂本はまた手をつけた。それをだまって横で見ている山南。

「今日は奢りですからどんどん食べてください。お給料も入ったので」

「じゃあ遠慮せず食べさせていただくきに。ありがたいぜよ」

なむなむと手を合わせる坂本を見て山南はふぅと息を吐いた。

「坂本さ・・・・・龍馬。試衛館という道場をご存知ですか?」

「は?急になんぜよ・・・・?」

「い、いえ・・・・・ちょっと気になっただけですよ。気にしないで下さい」

「そうかえ・・・・・・おかしなやつじゃの」

「はは・・・・・・」

少し前に助太刀にいった小さな道場。そんなことでまさか運命が変わるとは思ってもいなかった。ただ少しあそこは居心地がいいなと思った。

「そういえば龍馬こそ私が斬りかかっていったらどうするつもりだったんですか?」

「そうやきね・・・・・あしは・・・・」




「昨日、龍馬と逢いました」

仕事をしていると一方的に山南が話し出して土方は飲んでいたお茶を噴出してしまった。それを冷たい目で見る山南。いたたまれなくなって土方は急いで口元を拭った。

「うぼぉっ・・・・・きゅ、急になんてこと言い出すんだよっ!?」

「な、なんてことも無い気がするんですが・・・・・」

「と、とにかくだ。なんかしたのか?」

土方はあまり坂本のことを好きじゃない。それはなんとなく山南も感じていたので口に出したもだった。

「えぇ。お汁粉を食べてきました」

「へぇ〜・・・・・で、それがなに?」

なにってわけでもないのですがと山南は言葉を濁した。

「・・・・・・・・土方君は私が斬りかかっていったらどうしますか?」

無邪気な顔で聞かれて土方はうろたえた。たまに山南は突拍子もないことを言い出す。

「あのなぁ〜・・・・ありえないこと言うなよな」

「は、はぁ・・・・・・昔龍馬とそんな会話をしていたと思い出しまして」

龍馬。その単語が山南の口から出るたび土方の顔は硬直した。

「そうだな・・・・・やっぱそんなこと考えられねぇや。だからお前に背中預けられるんだろ」

龍馬はなんと答えただろう。確か・・・・・・

『そんなこと考えられないぜよ。あしはおまんを信じてるきにの』

笑顔で言われた言葉。その重さにも気付かずに。

「あなたたち二人は似ているんですね」

「はぁっ!?止めてくれ!!俺はあんなにも馬鹿じゃねぇ!!」

あまりの言い方に山南は苦笑いをした。今となっては過去の話が昨日のことのように感じられた。

「試衛館が懐かしいですね。江戸はいま新緑の頃でしょうか?」

「いいだろ。どうせ一年もたたないうちに帰れるんだからよ」

「分からないですよ。何が起こるか分からない。そうでしょう?」

「まぁな。で、坂本とはほかになかったよな?」

「えぇ。それだけです。土方君や近藤さんによろしくとも言われましたが」

土方は坂本の顔を思い出した。きっとあのおちゃらけた顔で言ったんだろうとむかついた。

「単刀直入に聞くがな・・・・・・お前は坂本と俺をどう思っているっ!?」

本当に単刀直入に言われたので山南は目を丸くした。

「は、はぁ?」

「好きかっ!?愛してるのかっ!?それともキライなのかっ!?」

「そ、それは・・・・・龍馬はもともと仲がいいですし嫌いではないし、むしろ好いていますが・・・・」

この言葉に土方は目に見えて肩をがっくりと落した。

「で、でもっ・・・・・土方君のことも好きですよ!それに龍馬の好きとは少し違いますし・・・・・」

言っていることに頬を染め声がどんどん小さくなっていった山南に土方は顔を上げた。もしかして、もしかしなくても恋人として好きといってくれているのか?

「お前は俺のもんだかんな」

「フフ・・・・・はい・・・・・」

急に元気を取り戻して胸を張る土方の滑稽さに笑いがこみ上げてきた。くすくすと笑いをこらえていると土方が少し感じて眉間にしわをよせた。

「んだよ?」

「いえ。なんでもないのですよ」

龍馬。どうやら試衛館に行って間違いではなったようです。こんなにもおもしろい人と出会えたのですから。

「でも背中を預けるなら君より強い龍馬ですね」

このあと土方が密かに木刀を夜中持ち出して練習し始めたのを山南は笑いをかみ締め静かに見ていた。







あとがき

華月様!!遅くなってしまいもうしわけありません!!しかも土方さんが異様に目立ってしまいました・・・・(汗)こんなものですが喜んでいただければ光栄です!!どうぞこれからもよろしくお願いしますっ!





今日のいろ香。