暑い暑い夏のある日のことでした。その日はミンミンと蝉が喧しく鳴き喚いていて、とても蒸し暑い日でした。
そんな日でも、べたべたと小笠原さんに構おうとする往壓さんに、最初こそ嬉しそうにじゃれていた小笠原さんでしたが、湿度と気温と体温に挟まれ若干ヤバイ状況でした。
「小笠原さ〜んアンタホントにかわいいなぁ〜」
「う、うにゃ・・・にゃぁ・・・ぁ・・・」
もし、猫語翻訳機、的なものがあったとしたら今の台詞は「そ、それ聞き飽きたから・・・そろそろ放して・・・死ぬ・・・」でした。
しかし、そんなものはもちろんありませんし、往壓さんは猫語が全く分かりません。往壓さん自身は小笠原さんの思っていることくらいなんでも分かる!なぜなら愛しているから!と宣言していましたが、小笠原さん的には、全く分かってもらえてませんでした。
それでも本気で抵抗しないのは、体力の限界ももちろんありましたが、往壓さんとまだ遊んでいたい、という気持ちも少なからず残っていたからでした。
「小笠原さーん」
「にゃ〜・・・あ・・・?」(ユキアツ・・・暑くないのかな・・・?)
ちょこ、と首をかしげた小笠原さんを見て、往壓さんがまた抱き上げていた腕を強くしようとした、そのときでした。
「・・・往壓さん」
「ん?あぁ、なんだ江戸元」
「なんだじゃありませんよ、この糞暑いときに何馬鹿みたいにベタベタしてんですか。ホント、頭おかしいんじゃないですか?この暑さで脳味噌蕩けましたかトロトロですか」
「お、おい、落ち着け元閥」
真顔で次々と毒を撒き散らす元閥さんに往壓さんの背中には嫌な汗が滝のように流れていきました。元閥さんは暑いのと寒いのが大嫌いで、特に汗をかいてしまう暑いのはかなり嫌いでした。
こんな日には元閥さんに逆らうのは賢明ではありませんでしたので、往壓さんはしぶしぶ、しかしすばやく小笠原さんを拘束から解きました。着物の擦れる音だけがその場を支配しました。
チリーン、と風鈴の音が響きました。
一瞬の沈黙の後、元閥さんは息をつくと、先ほどよりは少し穏やかな口調で言いました。
「・・・往壓さん、ただでさえ小笠原さんがこんな状態で大変なんですからとっとと働きに行ってください」
「・・・え、でm」
「往壓さん」
行ってください。
ニコ、と完璧ともいえる笑顔を元閥さんは往壓さんに向けました。
この蒸し暑い夏の午後に真冬の空気が、往壓さんの背中を撫ぜました。
チリーンリーン
「・・・行ってまいります」
部屋に差し込んだ日光に、キラリと光るものが反射したように見えたのは、もしかしたら見間違いだったのかもしれませんね。
リンリーン、少し強めの風が、風鈴を激しく鳴らしました。
「・・・ふぅ」
「にゃ・・・」
滲んだ汗を少し冷やしていった風は、次の瞬間にはもう止んでしまっていましたが、暑さから来るイラつきも、一緒に持っていてくれたようでした。
元閥さんは、往壓さんに少し悪いことをしたな。などとは少しも思っていませんでした。往壓さんは最近働かなかったのは本当のことなのです。
しかし、小笠原さんを怖がらせてしまったのではないか、と元閥さんは思いました。
とうの小笠原さんは、ぽや、とした顔つきで元閥さんを見上げるばかりでしたけど。
蝉の鳴き声をどこか遠くで聞いているようで、時折耳がヒクヒクと振れます。
「・・・さて、往壓さんも行ってしまったし、わしの今日の仕事はもう終わりだな」
「にゃー?」
ゆっくりと腰を下ろした元閥さんは胸元から扇子を取り出してハタハタと扇ぎ始めました。一息ついた頃、ふと膝に重みを感じ、元閥さんは下を向きました。
「お頭、儂はあんまりそういうの好きじゃないんですけどね」
「にゃ・・・?」
「・・・やれやれ」
これじゃ、小笠原さんと往壓さん、どっちが子供か分かったもんじゃないねぇ。
じゃれ付く子供からやっと解放された親、のような顔つきで元閥さんの膝に顔を埋めている小笠原さんの頭を2,3度撫でました。くすぐったそうに身をよじった小笠原さんに扇子でそよ風を送ってやりました。

ニャンコ十四匹目〜小笠原さんと蒸し暑い夏の日〜
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